三台会 第4回慶早交流会報告
日台稲門会の会友であり、三台会の会長でもある和田様より、2014年4月18日に開催した、早稲田と慶應の交流会のご報告を頂きましたので、下記掲載させていただきます。
(三台会会長の和田様に頂いたご報告原文を記載しておりますので、「慶早」としております)
記
首記の交流会は、慶應側(三台会)12名、早稲田側(日台稲門会)9名の合計21名の方のご参加を得ました。当日の模様をご報告します。
慶早交流会は、年2回(春と秋)に早稻田(日台稲門会)と慶応(三台会)が交互に幹事校となり行っています。
今回は第4回目で三台会が幹事の為、三田キャンパスを中心にご案内しました。
交流会は気楽な会ですので、ぜひご参加ください。次回は秋の開催です。
日 時 : 4月18日(金)曇時々小雨 午後4時開始~
第1部 三田・綱町球場/旧図書館、演説館、学徒出陣の記念の平和来の像など等三田キャンパス見学。
小雨の中、池井先生自らご案内ご説明いただき皆恐縮していました。
三田の校舎から近くの綱町球場は最初の早慶戦(明36年)が行われた場所で現在、記念碑があります。
第2部 池井先生の講演(於:萬来舎)
「早慶校歌応援歌ものがたりー都の西北、若き血、紺碧の空、我ぞ覇者」。
早慶戦第1回戦1903年は、ご存知のとおり、綱町球場で行われ慶應の勝利でした。
その後、応援が加熱し過ぎ1906年から、19年間早慶戦がなかったとの由。
早慶戦復活以降、早稲田は、校歌「都の西北」で勝利しました。それから応援歌の歴史が始まります。
それに対し、慶應は、応援歌「若き血」を作り応酬し勝利しました。その後、早稲田は「紺碧の空」で応酬。
更に、慶應は「我ぞ覇者」で応酬。その「紺碧の空」と「我ぞ覇者」の作曲者が同じ古関裕而があったことなど興味あふれるお話でした。
すばらしい応援歌を持った両校であるを再確認させて頂いた講演でした。
第3部 懇親会(於:萬来舎)
日台稲門会を代表して岩永康久会長から台北出張時に遭遇した、最近の台北の学生による国会占拠事件の現場での見聞につき
ご披露があった。引き続き、自己紹介と会食懇談と楽しい一時を過ごしました。
( 尚、萬来舎では、歌唱は禁止でした)
続 編 田町・「つるのや」(酒処)で二次会
懇親会終了後、早慶の有志(殆ど全員)で、塾生ご用達の「つるのや」に参集。
ここで「都の西北」と「若き血」で両校エールの交換をしました。
当店は田所君(H8・経)の懇意のお店。
永い歴史のある早慶両校の絆を一層強く感じた一日でありました。